L u n a r E c l i p s e


氷の覇者
(桃花の章)

(c)みみたん様「我,君と相知り」 2010.1.31







花間一壺の酒
独り酌みて相親しむ無し
(花のもとに酒壺をさげて来たが、一緒に飲む相手がいない)


果樹園に設えられた東屋で周瑜はひとり盃を傾けていた。
長江と漢水が合流するこのあたりは交易が盛んで各国からの食客も多い。
庭園の持ち主の館では今も宴会が続いているが、喧騒を嫌ってぶらついているうちに満開の桃の木に出会った。
淡い花びらが風に舞い落ちる様は、月に照らされ雪のようだ。
この幻想的な光景を眺めるのは、自分の他に誰もいない。
一人になりたくてここに来たのに、一人でいることを惜しむ自分に苦笑するが…。


明明として月の如し
何れの時にかひろう可し
(明るくかがやく月のごとき人に、いつの時にか巡り会い、月の光のように掬い上げることができるだろうか)


明朗な吟詠に振り向くと、すらりとした長身の男が立っていた。
他に人影はない。
「ようやく会えた」
周瑜どの、と相手は迷わず自分をそう呼び、ついで自らも名乗った。
———曹操孟徳。
髷を結わない垂れ髪に切れ長の目。
紫の生地に金糸の刺繍をほどこした長衣がよく似合う。
これが音に聞く漢の丞相だと、にわかには信じられなかった。

先の皇帝に仕えた際、宦官と対立し地方に転封。
対立する相手を一族郎党、皆殺しにし、都が乱れた後には董卓から奪いとった天子を自らの傀儡に仕立て上げた極悪人。
それらはおそらく事実だろうが、猪のごときむさくるしい相貌というくだりは無責任な風評に過ぎなかったようだ。
「江東の美周郎、兵法のみならず音楽、詩にも長けると聞く」
夜風を思わせる声が紡ぐ言葉は、皮肉や社交辞令を感じさせない心地よさがあった。
だがそれがかえって不審を呼ぶ。
「さて…以前にお目にかかったことがあるだろうか」
「さよう、洛陽攻めのおり、そなたは孫堅どのの傍におられた」
孫堅は亡き孫策と、その弟孫権の父親である。
打倒・董卓という旗印を掲げながら相容れない立場にあった曹操と孫堅。
二人の刃が交差した戦乱の都で、曹操は周瑜を見初めたのである。
騎馬で長槍をあやつる若者は黄金の髪に碧眼という異色な風貌の持ち主だった。
董卓を護る選りすぐりの軍隊を相手に引けをとらぬ戦いをして見せた周瑜だが、あの混乱の最中、曹操は他の部隊の戦いざまを見ていたというのか。
「その洛陽からはるばる参られたのには何の理由が?」
「そなたに会いに」
本当の理由など話すはずもないが相手の言葉に周瑜は思わず吹き出した。
(もう少しましな言い訳はないのか)
ここが国境に程近いとは言え、宮廷の要人がふらりと立ち寄る場所とも思えない。
ましてや相手に名乗るなどわざと危険に身を投じるようなものではないか。
(江東を攻めるか、曹操)
あるいは同盟という名の下に跪かせるための諜報活動。
行く手を阻むものたちを力で排除してきた人物にしてはまわりくどいやり方だと周瑜は思った。
幸いこちらも単身、目の前の人物が本物だろうが影武者だろうがいざとなれば斬る覚悟だ。




「ここで何をしておられた」
「桃を愛でていたところだ。あんなに美しく咲く花を、誰も見ぬでは気の毒ではないか」
なるほどと言いながら曹操が傍まで来た時、風が運んできた香りに周瑜は気がついた。
———白檀か。
西国から仏教とともに伝わったとされる香木はその希少性から非常に高価で、この香りをまとうことは特権階級にあることを示している。
皇帝をないがしろにし、内政や貿易を意のままにするという話がいよいよ信憑性を増してきた。
「ならば、そなたはまさにあの桃花だな。」
周瑜は先ほどの詩を思い出した。
曹操の芸術の才能は広く伝わっており、数々の詩を詠んだことでも知られている。
これが本人であるなら、優雅な物腰とあいまってさぞかし帝や后たちに気に入られたことだろう。
宦官に疎まれたのもその辺りに理由があるのかもしれないが…。
「その髪と瞳の色、得ようとして得られるものではない。後宮の美女にもそなたに及ぶものはいまい…」
「男に対する褒め言葉ではないな。曹操どの、酔われているのか?」
周瑜の金髪碧眼を異相と恐れる者は多かった。
しかし今は表立ってそれを口にするものがいないのは、彼のこれまでの功績と君主のおぼえめでたき故だが、実はもうひとつ理由があった。
それは彼の出自に由来するものである。
「儂のところに来ぬか。そなたほどの男が辺境に埋もれるは惜しい」
(ひとの故郷を“辺境”と呼ぶか———)
どこまでも鷹揚な曹操の態度に周瑜は薄く笑った。
見てくれで他国の武将を傍に置こうなど、所詮、それまでの男と。
「貴公は人を集めるのが趣味と聞く。私のような田舎者、辺境に埋もれずとも人材に埋もれよう」
「孫権に忠義を尽くすは孫策への義理立てか」
その名を聞いた途端、周瑜の顔から余裕が消えたように見えた。
「仲がよかったそうだな…兄弟のように」
「何が言いたい」

呉の君主である孫権の、亡き兄・孫策。
彼と周瑜が同じ母から生まれたという噂は以前からあったが、この国でそれを口にしたものは反逆罪に問われる。
小覇王と言われた孫策は偉大な父の後を継ぎ呉の建国に多大なる功績を残した。
彼が若くして敵の矢に倒れた時、弟の権を後継に指名したが家臣の中には周瑜を推す声もあった。
周瑜が策と兄弟であったなら、権より年長で才覚もある彼の方が国を治めるにふさわしいと。
後継をめぐって国が二つに割れようとした時、周瑜はみずから進んで権に臣下の礼をとったのだ。

「死んだ男に操をたてて小国の家臣に甘んじるなど。くだらぬ」
「なるほど…貴公はそうやって今の地位にのし上がったというわけか」
周瑜は腰に携えた剣の柄に指をかけた。
———もはや生かしてはおけぬ。
だが曹操は自分の殺気に構える素振りも見せない。
この男、豪胆なのか愚鈍なのか…いずれにせよ不穏な芽は摘み取っておくに越したことはない。
「そういえば貴公にも髭がないな…噂どおりということか?」
周瑜の発した言葉は相手に対する最大級の侮辱と言ってよかった。
曹操の父は朝廷の高官の家に養子に入り曹の名を継いだ身の上。
高い身分でありながらも宦官の出だということで父も子も陰で蔑まれたに違いなかった。
髭をたくわえるのが男子の証しとされる世に、口ひげさえも生やさないのは自らを見下してきた者たちへの当てつけか。
それとも———
「確かめたらいかがか、そなた自身で」
瞬間、周瑜が剣を抜くより早く、曹操は相手に足払いをかけた。
「———…っ!」
倒れこんだ瞬間、肩のあたりで異音がした。
…どうやら関節が外されたらしい。
軍人として名を馳せる周瑜を組み伏す、その身のこなしは文官のそれではなかった。
かつて曹操が黄巾軍と戦い、打ち破った猛者であることを今さらながら思い出す。
奸佞の臣と侮り不覚を取った周瑜は、自分の上に跨った曹操が懐から短剣を取り出すのを目にした。
喉を掻き切られるのを覚悟するが、いきなり剣の鞘を咥えさせられ目をむく。
襟に手がかかり左右にはだけられる。
肩の痛みに気が遠くなりながら、されるがまま衣服が取り払われていくのを周瑜は感じていた。
こんな屈辱に見舞われながら舌を噛み切ることもできない…自責の念に堪えきれず流した涙を、曹操の長い指が拭った。
それは頬から首筋をなぞるように降りていき、肌の温もりを確かめているかのようだった。
「儂のものになれ、周瑜…そなたが望めば天下も手に入ろう」
ささやきに蒼空の瞳がきらめいて相手を捉える。
封じられた声の代りに『笑わせるな』と罵るかのようだった。
「———…ッ」
犯される瞬間叫び声も上げられずのけぞる。
引き裂かれる痛みと圧迫感におそわれ、とうとう彼は意識を手放した。




「もし、周瑜どの…」
目を開けると彼は寝台に横たわっていた。
明るい部屋…館のあるじが心配そうに自分を覗きこんでいる。
身じろいだ瞬間、激痛が走るが衣服は身に着けているようだった。
「大丈夫ですか?夕べはかなり酔われたようで」
「なぜ…ここに…」
「庭に倒れていたあなたを、見つけて運び込んでくれた人がいるのですよ」
その人物は周瑜を抱えてやってきて、肩を怪我しているようだから手当てを頼むと告げると、そのまま姿を消してしまったのだという。
「あのような方を招いた覚えがないのですが、さていずれの貴人であられたか…」
「………」
まさかあれは酒が見せた幻だったというのか?
否、と彼はふたたび目を閉じた。
肩だけではない、身体の痛みが夕べの出来事が夢ではないと物語っている。
それに、己の身から立ちのぼる白檀の匂い。
これは間違いなくあの男の残り香だ。
———儂のものになれ
低い囁きと己を圧倒した威力にぞっとする。
…曹操孟徳、今までに出会った中で最も危険な男———



月日が流れ。
己が邸宅で曹操遠征の知らせを聞いた周瑜は、孫権から届けられた木簡を握り締めた。
(あの男が来る———)
闇色の瞳と白檀の匂いがよみがえり周瑜の身体を戦慄が走った。
臥龍と評される軍師が天下三分の計をひっ提げて江東を訪れるのは、それから間もなくのことである。

お正月用に描いた中華風クラジュリを日記に載せてましたら
思わぬお年玉が舞い込んできました!!!
「我、君と相知り」みみたん様からの、なんちゃって三国志!
いただきましたーーーっ♪
曹操(闇)×周瑜(光)の大河ロマンっ!
……私がコメすると安っぽい呼び込みみたいになってしまいますがっ(汗)
ほんと素晴らしくお洒落なお話でドキドキです!
みみたん様、ありがとうございました。クラジュリってほんと素敵ーーっ!

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